MIHO LEGEND 美保伝説

美保伝説

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第11話 悲願の賞金女王

2008年LPGAツアー最終戦のリコーカップが、宮崎カントリークラブにて開催されました。
第10話でお話しましたが、私は、美保が賞金女王になる1%にしか満たないであろう確率に全てを懸けて脳梗塞のリハビリを行って参りました。
トーナメントの4日間、全て歩いて応援できるかはとても不安でしたが、満を持して最終戦を観戦します。
右足を引きづりながらホールを歩いている最中、清元先生から「会場のドクターを呼びましょうか」とお声がけを頂きましたが、「娘が命がけで戦っているのに、こんなことぐらいで医者を呼んだら笑われますよ」と返し、奮起したことを昨日の事のように覚えております。

スロースターターの美保は初日73、2日目71、3日目70と、じりじりと獲物をを追うプーマの如く、颯爽とフェアウェイを歩いていきます。
このときの美保は、私にはまさに「フェアウェイに咲く一輪の華」に見えました。
幼少の頃より一卵性親子と呼ばれ、近くを流れる白川で流れに逆らい歩くトレーニングをしたことや、山にドングリを拾いに行きティバッティングをさせたこと、親戚中から「女の子にあんなことさせて」と馬鹿親子と囁かれたこと、色んなことが走馬灯のように甦ってきました。
私は二人の娘に対して決して間違った教育はしていないと思っています。ただ、褒めて褒めて子供に命を捧げることを惜しまなかった馬鹿な父親だっただけです。
その影にはいつも支えてくれた家内がいたり、私を育ててくれた立派な両親がいたり、家内方の両親など、全ての人に感謝を忘れなかった心があると思います。
私の友人に吉井妙子さんという作家で親しくさせていただいている方がいらっしゃいます。吉井さんが執筆なさった「天才は親が作る」という本がありますが、私は育つ環境の要素も強いと思います。
美保が育った熊本は馬刺しが美味く、魚が美味く、川が有り、山が有り、田や畑と広大な自然があります。
この広大な自然の中で心を磨き、技を磨いた宮本武蔵が最後に辿りついた境地が自然なのです。自然こそが師なのです。

その自然の境地を悟ったが如く美保は最終日に怒涛のバーディーを量産します。
17番途中、全美貞選手が8アンダー。美保はというと1.5ホールを残しトップと4打差。ギャラリーが優勝の行方を見守る中、私は「南無大師遍照金剛」と3回唱えました。すると美保は17番でバーディーを奪います。
続く18番。コースの端を歩く私は、このときもお経を唱えて歩いていると、コースを挟んだ反対側にお大師様の姿をはっきりと見た気がします。夢か幻か錯覚か、18番グリーンはギャラリーの山です。
美保は続く18番も、難しいバーディーパットを決め、連続バーディーでフィニッシュです。
終わってみれば、最終日の18番でバーディーを取ったのは美保だけでした。
この時点でトップと2打差で試合を終え、念のためプレーオフに備えてパター練習を始めます。

最終組の18番ホール。3度ほど大ギャラリーの中からどよめきが聞こえました。
1度目は、全選手のアプローチミス。2度目は不動選手のバーディーパット。3度目は不動選手のパーパット。
勢いに乗り堅実なゴルフをしていた韓国の天才全選手。これまでさまざまな優勝経験を持ち通算48勝をしている不動選手。その二人が、大一番で痛恨のミスをしました。
もしくは、この日の18番グリーンのカップの位置や、芝目がかなり難しくセッティングしてあったのかもしれません。その難しいセッティングを乗り越えバーディーを奪った美保。全てはお大師さまのお導きです。
また9位までに入賞すれば賞金女王が決まる李知姫選手が、なんと10位フィニッシュと、この試合だけで私が知り得る限り8つの奇跡が重なったのです。
ファンの皆様は、テレビや新聞媒体を通して周知のことでしょう。
この奇跡のお陰で、美保は賞金女王のタイトルを手に入れます。しかしそれだけではありません。
2008年シーズンを通して戦い抜いた美保。また、優勝争いをし、ツアー4勝を達成した美保。賞金女王はこの結果だと思います。
私はこれからも子供や孫、全ての人々に感謝し、祈りを通じてお大師様とともに心を磨き、まだまだ続く美保伝説に精進して参りたいと思います。

次号はヤマハレディスの裏話を書きたいと思います。
皆様、今年一年間、オフィス美保をご愛顧頂き、本当にありがとうございました。
また来年も皆様にとって良い年になるように、私は熊本の地よりお祈りしたいと思います。
どうぞ良いお年をお迎えください。

美保語録 奇跡的な感じ。何か違う力が働いたような気がする。

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