MIHO’S  DADDY’S JORNEY DIARY 古閑美保の四国八十八カ所巡り日記

煩悩 四国八十八ヶ所巡り日記

ばっくなんばぁ

第11話 お遍路最終話

遍路道中もいよいよラストスパートに入り、歩いている途中で、今までの道のりが甦って参ります。
八十七番長尾寺を参拝し、山門を出るとすぐ目の前に「あづまや旅館」という民宿がありました。
ついに明日は結願と思うと、涙が出そうになりながら、「あづまや旅館」の玄関へ行き、「今夜一晩宿泊をよろしいですか」と尋ねると、女将さんが「ちょっと宿を改装中だから」と半ば断られそうな雰囲気になりました。
それもそのはず、私の身なり・風体は、金剛杖はぼろぼろ、髭はぼうぼう、菅笠は高僧のお坊さんのもの、少し躊躇されたのでしょう。
どうにか宿に泊めてもらうことになり、風呂に浸かり身体を綺麗にし明日に備えます。
夜は宿の家族みんなで食事を共にし、酒を飲んだことが今でも忘れられません。
家に帰れば私にも帰りを待っている家族がいると、いまさらながら少しホームシックになりそうになりました。家族とは良いものです。
そんな温かみのある「あづまや家族」と最後の一夜を過ごせたことが私の宝となりました。
旅館の娘さん「由美ちゃん」とは今でもメール友達です。

あづまや旅館には生前、私の尊敬する河島英五さんがお泊りになられたそうです。
女将さんの話では、「河島さんはそれはそれは良い男で、あなたにも負けず劣らずだったわよ」とおっしゃられておりました。
翌朝6時に最後の札所大窪寺へ向かう私を、女将さんは、わが子を見送る母親のような姿で見送ってくださったことを、私は死ぬまで忘れることはないでしょう。

八十八番札所大窪寺へは、女体山という山を越えるコースと、国道377号線を通る二つのルートがありますが、私は女体山は登らず、通常の国道377号線沿いを歩き大窪寺へ向かいました。
途中1番札所から各お寺を思い出しては、涙ぐみ、生きていること、生かされている自分自身に涙し、自分をこの現世に送り出してくれた両親に感謝し、家で待っている妻裕子、理沙に感謝し、現役第一線で頑張っている美保に感謝し、宏二郎の心眼、古閑家の未来永劫家族の健康、まだ見ぬ孫の健康、古閑美保の賞金女王を願いつつ、ここまで歩いてこれた自分自身に涙、涙の結願でした。
大窪寺に辿りついた時には目が真っ赤に腫れていました。

最後のお参りを終え、全て札を打ったことを遍路協会に報告します。
協会は県道3号線を歩き、前山ダムを過ぎると、遍路協会の会館があります。
そこで私は、歩き遍路だけに贈られる遍路バッジと、結願証明書と賞状を授かりました。

最後に、私は人生においてお大師様からこの世で最高の「思い出」という宝物を頂いたのです。ありがとうございました。

その後の私はと言いますと、読者の方が一番ご存知だと思いますが、念願の孫を授かり、名を「大和」、目の中に入れても痛くないほど可愛がっております。
そして、2008年、美保が奇跡の賞金女王にもなりました。願いは通じるのです。
念ずれば花開く!長い間ご愛読ありがとうございました。

☆パパのプチ美保情報☆

美保の情報と言うより、私事なのですが、先日優勝したヤマハレディースの副賞で、ヤマハ発動機さんより船をいただきます。
そこで、私は一級小型船舶操縦免許を現在取得中です。せっかく免許を取るので、一級にしました。
娘は、ついに昔から私の夢だった船をゲットしてくれました。
船が来てからは、悠々自適に海の上を漂い、趣味の魚釣りに興じたいと思います。
四国遍路46日間の思い出とお大師様と一緒に!

戻る

pagetop